リアルピース・かずぅさんの『おまえ次第じゃん。』の書評・感想。「この世の出来事は全て0」とはどういう考え方か。良い・悪いの判断を見直し、50代からでも物事の見方を変えるヒントをまとめました。

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この記事でわかること
- 『おまえ次第じゃん。』の「出来事はすべて0」という考え方
- 「良いこと・悪いこと」は誰が決めているのか
- 「すべて0なら我慢すればいい」わけではない理由
- 50代からでも、物事の見方は変えられるという話
同じ出来事なのに、なぜ人によって感じ方が違うのか
宝くじで100万円が当たった。
多くの人は「幸運だ!」と思うはずです。
でも、その100万円をきっかけに仕事を辞め、生活が立ち行かなくなった人がいたら?
その人にとって、あの当選は本当に幸運だったのでしょうか。
反対に、仕事で大失敗した人が、それをきっかけに働き方を見直し、前より充実した毎日を送っていることもあります。
私たちは出来事を「良い」「悪い」と判断しています。では、その判断は誰が決めているのでしょう。
今回読んだのは、リアルピースのかずぅさんの『おまえ次第じゃん。』。
その文章の中でも特に気になったのが、**「この世の出来事は全て0」**という考え方です。
そこでこの記事では、かずぅさんのいう
【この世の出来事そのものと、私たちがそこに与えている「意味」】についてクローズアップして考えてみたいと思います。
「この世の出来事は全て0」とはどういう考え方?
私たちは毎日、いろいろな出来事に出会います。
- 好きな人に告白して、振られた
- 会社で昇進した
- 友人とけんかした
- 楽しみにしていた旅行が中止になった
これらを、私たちは無意識に「良いこと」「嫌なこと」に仕分けています。
告白が成功すれば幸せ、振られれば不幸。昇進は良いこと、降格は悪いこと。
でも、ここで立ち止まってみます。
「振られた」という出来事そのものに、「不幸」と書いてあるわけではありません。
「昇進した」という出来事に、「幸せ」と書いてあるわけでもありません。
つまり、起きた出来事と、それに対する評価は別のものではないか、ということです。
「すべて0」という考え方は、私たちが当たり前のように貼っているプラスやマイナスのラベルを、
いったん外して見てみよう、というものです。
出来事が起きる → 人それぞれの判断が加わる → 「幸せな出来事」にも「辛い出来事」にもなる
出来事に意味を与えているのは、自分自身かもしれない
たとえば、恋人に振られたとします。
「私は愛されなかった」
「自分には魅力がない」
「この先、幸せになれないかもしれない」
こう考えれば、失恋は自分の価値まで否定する出来事になってしまいます。
でも、起きたことだけを見れば、「交際していた相手と別れた」という事実があるだけのことです。
相手と別れたことと、自分に価値がないことは、同じではありません。
それでも私たちは、ひとつの出来事から、自分や未来についての意味をどんどん付け足してしまいます。
そして、その意味まで事実のように感じてしまう。
私たちを苦しめているのは、出来事そのものだけではなく
「その出来事に、自分自身がどんな意味を与えたか」でもあるのかもしれません。

「良いこと」が、本当に良いこととは限らない
逆の場合も考えてみましょう。
- ずっと欲しかったものを手に入れた
- 念願の仕事に就いた
- 周りから褒められた
どれも、うれしい出来事として扱われます。でも実際には、
- 手に入れたものを維持するのが苦しくなる人
- 憧れの仕事が、働いてみたら合わなかった人
- 褒められるうれしさの裏で、期待に応え続けるプレッシャーを感じる人
もいます。
世間で「良いこと」とされる出来事が、本人にとって良い結果になるとは限りません。最初から良い出来事だったのか、それとも私たちが「良い」と判断しているだけなのか。そう考えると、「幸運」「不運」という言葉の意味も、少し違って見えてきます。
『自然の法則』の「ニュートラル」にも通じる
この考え方を読んでいて、Kengoさんの『自然の法則』も思い浮かびました。こちらでも「ニュートラル」という視点が大切に扱われています。

2冊に共通しているのは、次のような問いかけです。
- すぐに「良い・悪い」と決めつけない
- 嫌な出来事を、無理に良い出来事に変える必要もない
- いったんニュートラルな位置に戻って、自分が本当はどう感じているか、どうしたいかを見つめ直す
※「自然の法則」についての内容はコチラをどうぞ https://kijineko0805.com/law-of-nature/
すべてが0なら、嫌なことも我慢すればいいの?
ここで疑問が浮かびます。
出来事にプラスもマイナスもないなら、嫌なことがあっても我慢すればいいのでしょうか。
いいえ、そういうことではありません。
- つらいと感じるのは、自分にとって大切なものが傷つけられたからかもしれない
- 危険な状況なら、そこから離れる必要がある
- 不当な扱いを受けたなら、改善を求めていい
「すべて0」という考え方は、自分の感情を否定したり、問題を放置したりするための理由ではありません。
大切なのは、自分が付けた評価を「絶対的な真実」だと思い込まないこと。
まずは「私はこれを嫌だと感じている」と、その気持ちを認める。
そのうえで、「この出来事をどう捉え、どう行動するか」を考える。
出来事を0として捉えることと、感情を無視することは別の話です。
50代になっても、物事の見方は変えられる
年齢を重ねると、経験から物事を判断するようになります。
「この人は信用できない」
「こういうことをすると失敗する」
「自分には向いていない」
「もう今さら遅い」
経験から生まれた判断には、役に立つものもたくさんあります。ただ、いつも正しいとは限りません。
- 過去に失敗したからといって、次も失敗するとは限らない
- 一度嫌な思いをしたからといって、これから出会う人も同じとは限らない
- 「自分には無理だ」という判断が、本当に正しいかは分からない
50代、60代だからこそ積み重ねてきた判断基準を見直してみる。
今までの自分を否定するためではなく、これからの選択肢を増やすために。
そう考えると、『おまえ次第じゃん。』というタイトルの響きも変わってきます。起きた出来事を思いどおりにすることはできません。でも、その出来事にどんな意味を与え、そのあとどう動くかは、自分で選べます。
まとめ| 私たちは「出来事」ではなく「自分の判断」と生きている
- 「出来事」と「それに付けた評価」は別のもの
- 苦しさの一部は、自分が与えた意味から生まれているかもしれない
- 「すべて0」は我慢の勧めではなく、自分の感情を大切にしたうえで、評価を絶対視しないための視点
- 経験を重ねた50代だからこそ、自分の判断を見直す価値がある
もちろん、現実に起きることには違いがあります。大切なものを失うことも、命に関わる危険もあります。
何もかもを同じだと考える必要はありません。
ただ、出来事と評価を分けて眺めてみる。それだけで、今までと違う見方が生まれることがあります。
「これは最悪だ」と思ったとき。
「これは絶対に幸せだ」と思ったとき。
その判断を、ほんの少しだけ疑ってみる。
本当にそうだろうか。私は、何を基準にそう判断したのだろうか。
あなたが今、「悪いこと」だと思っている出来事は何ですか? それは本当に、変えようのないマイナスでしょうか。
そんな問いを持つことから、世界の見え方は少しずつ変わっていくのかもしれません。

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【おまけの一言】
きゃりーぱみゅぱみゅさんの楽曲『つけまつける』に出てくる歌詞
同じ空がどう見えるかは
心の角度しだいだから
心の角度しだいで どんなことでも良くも悪くも取れるよね。

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