【要約】『嫌われる勇気』を50代が読んだら?「やってあげたのに」のイライラが消えた話

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目次

人にどう思われるか、気にしすぎていませんか?

人間関係で、なぜかイライラしてしまうことがあります。

特に恋人や家族など、近い関係の人ほど、

「こんなにしてあげたのに」
「どうして分かってくれないの?」
「普通、これくらいしてくれてもいいんじゃない?」

そんな気持ちになったことはありませんか。

私はあります。

『嫌われる勇気』というタイトルを初めて見たとき、私は「人に嫌われる勇気なんて、そんな簡単に持てるものじゃない」と思いました。

でも読んでみると、この本が言っているのは、単純な「嫌われてもいい」という開き直りではありませんでした。

他人の評価に振り回されず、自分の人生を生きるにはどうすればいいのか。

そのための考え方が、アドラー心理学をもとに書かれています。

今回は、本の中でも特に印象に残った「課題の分離」と、そこからつながっていく自己受容・他者信頼・他者貢献について、私自身の恋愛での経験と重ねながら考えてみました。


『嫌われる勇気』はどんな本?

『嫌われる勇気』は、哲学者と青年の対話形式で進む、アドラー心理学の入門書です。

「すべての悩みは対人関係の悩みである」という考え方を軸に、

人がどうすれば自由に、自分らしく生きられるのかを考えていきます。

難しい心理学の解説本というより、哲学者と青年の言い合いを隣で聞いている感覚で読めます。

冒頭から、やたらとすぐにキレ上がる陰キャで自己肯定感がとても低い青年と

青年の全てのキレ気味の発言をアドラーの思想で淡々と返す学者。

青年に、そんな怒らんでもというツッコミを入れつつ読み進められるので、心理学の本を普段あまり読まない私でも割と読みやすい一冊でした。


印象に残った「課題の分離」

この本で特に有名なのが、「課題の分離」です。

簡単に言えば、

「これは誰の課題なのか?」

と考えること。

自分がどう行動するかは、自分の課題。

一方で、

「相手がどう思うか」
「相手がどう反応するか」
「相手が自分を好きになるか」

それは相手の課題です。

ここを分けて考える。

言われてみれば当たり前のことなのですが、実際の人間関係では、私たちはつい相手の課題まで背負ってしまいます。


「やってあげたのに」でイライラしていた私

ここで思い出したのが、私自身の以前の恋愛でのことです。

恋人のために何かをする。

食事を用意したり、相手が喜びそうなことをしたり。

そのときは、本当に「相手のため」と思っていました。

ところが、相手の反応が自分の期待していたものと違うと、

「こんなにやってあげたのに」

という気持ちが出てくる。

そして、

「どうしてもっと喜んでくれないんだろう」
「私だったら、もっと感謝するのに」

と、だんだん腹が立ってくる。

今思えば、ちょっと面倒くさいですよね(笑)。

でも、『嫌われる勇気』を読んで、このイライラを別の角度から考えられるようになりました。


気づき①「やってあげたのに」は、見返りを求めていた?

自分では「相手のため」と思っていた。

でも、よく考えてみると、

「喜んでほしい」
「感謝してほしい」
「私のことを大切に思ってほしい」

という気持ちも、どこかにあったのだと思います。

つまり、「私はこんなにしてあげた」→「だから、あなたも私を大切にしてね」

という交換になっていた。

それなら、相手が期待通りに反応してくれなかったとき、イライラするのも当然です。

自分の中では、いつの間にか「これだけしたんだから、これくらい返ってくるはず」という計算ができていたからです。

「私はこんなにしてあげた」→「だから、あなたも私を大切にしてね」

という交換になっていた。

それなら、相手が期待通りに反応してくれなかったとき、イライラするのも当然です。

自分の中では、いつの間にか「これだけしたんだから、これくらい返ってくるはず」という計算ができていたからです。


気づき② 相手がどう反応するかは、相手の課題

ここで出てくるのが「課題の分離」です。

私は相手のために何かをすることはできます。

でも、

相手がそれをどう受け取るかまでは、私には決められない。

喜ぶかもしれない。

あまり喜ばないかもしれない。

感謝するかもしれない。

何も言わないかもしれない。

それは相手の課題です。【その課題は自分のものか?相手のものか?分離すること】

「もっと喜んでよ」
「感謝してよ」

と思った瞬間、私は相手の課題に入り込もうとしていたのかもしれません。


気づき③ それでも「やってあげたい」と思うなら

では、何もしなければいいのか。

私は、そういうことではないと思いました。

誰かに何かをしてあげたい。

喜んでもらえたらうれしい。

それ自体は悪いことではありません。

大事なのは、

「相手がどう返してくれるか」と「自分がどうしたいか」を切り離すこと。

「私がそうしたかったから、した。」

それで終わってもいい。

そう考えられると、かなりラクになります。


自己受容・他者信頼・他者貢献

『嫌われる勇気』では、人が自由に生きるための考え方として、

自己受容・他者信頼・他者貢献

という3つが出てきます。

自己受容

今の自分を、そのまま受け入れること。

「もっとできる人にならなければ」と考えるのではなく、今の自分を認めたうえで、変えられるところは変えていく。

他者信頼

他人を信じること。

ただし、「裏切られない」と保証されているから信じるのではありません。

相手がどうするかをコントロールしようとせず、信頼する。

他者貢献

誰かの役に立つこと。

ここで大切なのは、必ずしも「ありがとう」と言ってもらうことではないということです。

「私は誰かの役に立っている」

そう感じられることが、自分の幸福にもつながっていく。


50代になって、この考え方が少し分かった気がする

若い頃は、

「嫌われたくない」
「好かれたい」
「ちゃんと評価されたい」

という気持ちが今より強かったように思います。

もちろん、50代になったからといって、そういう気持ちが完全になくなるわけではありません。

今でも、人にどう思われるかは気になります。

でも、これからの人生を考えたとき、

「人からどう思われるか」を基準にして生き続けるのは、ちょっともったいない。

そんなふうに思うようになりました。

誰かの期待に応えるために何かをするのではなく、

「私はこれをしたい」

と思ったからする。

そして、その結果を相手がどう受け取るかは、相手に任せる。

それができれば、「やってあげたのに」というイライラも、少し減るのかもしれません。


『嫌われる勇気』を読んで、私が変えたいこと

これからは、

「こんなにしてあげたのに」

と思ったとき、一度立ち止まって、

「私は本当に相手のためだけにやったのかな?」

と考えてみようと思います。

そして、

「感謝してほしい」
「大切にしてほしい」
「分かってほしい」

と思っている自分がいたとしても、それを責めるのではなく、

「私も認めてもらいたかったんだな」

と受け入れる。

そのうえで、

「じゃあ、私は本当はどうしたい?」

と考えてみる。

それだけでも、人間関係との距離感は少し変わる気がします。


まとめ:「嫌われる勇気」は、嫌われるための本ではなかった

『嫌われる勇気』を読む前は、

「嫌われることを恐れない強い人になるための本」

なのだと思っていました。

でも、読んでみると少し違いました。

私が感じたのは、

「相手の人生まで背負わなくていい。自分の人生は、自分で生きていい」

ということ。

「やってあげたのに」とイライラしたときも、

「相手が悪い」

と考えるのではなく、

「私は何を期待していたんだろう?」

と自分の側を見る。

それだけで、人間関係の見え方が少し変わりました。

もし最近、

「こんなにしてあげたのに」
「どうして分かってくれないの?」

と思うことがあるなら、一度この本を読んでみてください。

もしかすると、そのイライラの中に、

「本当は私は、どうしてほしかったんだろう?」

という、自分でも気づいていなかった気持ちが隠れているかもしれません。

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この記事を書いた人

初めまして。yulippe(ユリッペ)と申します。
福岡在住の50代女性。不動産業界に20年、調理師としても働いてきた。
今は猫と暮らしながら、人生後半を自分らしく生きるために 読書を続ける日々。本・お金・暮らし・美容・福岡のことなどを、50代のリアルな目線で書いています。

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